やさしい谷の底から

「はじまりは絶望から」

 その日私は仕事に、人生に、世界に、希望を見出せなくなっていた──。

 ◇◇◇

 今日も今日とて今日が始まる。どうせ今日もしんどいだけの一日になるだろう。

 無茶振りばかりで口を開けば文句を言うクソ上司に、用事があると言っては自身の仕事もろくにこなさず定時で上がり、締切間近に私に仕事を回してくる同僚たち。何かにつけて私に絡み、嫌だと言っているのに付きまとってくる営業、そんな営業に勝手に片想いして私を妬んで陰湿な嫌がらせを繰り返すお局。そんな社会のど底辺の奴等に良いように利用され、毎日毎日残業して、自らの精神と命を削りながら働く私。どこからどう見てもクソブラックな社内環境に、私はもう辟易していた。思えばこの三年弱、よく耐えたと思う。入ってから今の今まで環境の悪化はあれど改善などあるわけがなかった。上司の上司は見て見ぬフリを決め込み、一切干渉してこない。希望がないことは、入社当初の嫌な予感から確信へと変わっていた。

 死んだ魚のような目をして、私は動こうとしない身体に鞭を打ち出社した。職場に入り、私の姿を見るや否や嫌味を言ってくるお局ことクソババアをやり過ごし、私の元から少ないライフがババアのせいで半分減る。内心げっそりしながら自席へ着くと、ニチャリと笑いながら大嫌いな営業がこちらに来て、私の顔に自身の汚い顔を寄せてくる。そしていつもの様にねちっこい声でおはようとだけ言うと、私の方をひと撫でして去って行った。背中に刺さるクソババアの視線と、まだ肩に残る野郎の感触がさらに私のライフを削った。やめて、ライフはもうゼロよ……。もう帰りたい、と思いつつ自身のパソコンを立ち上げ、山の様に積まれた仕事を片っ端から片付け始めた。今日はもう、これ以上何もありませんように。そんな無意味な希望をかすかに胸に抱きながら、私はひたすらキーボードを叩いた。

 ◇◇◇

 時間はいつの間にか過ぎてゆく。気が付けば昼休みも終わり、夕刻。あと五分で定時だ。あまりにも必死に仕事をしていたせいか、ご飯を食べた記憶がない。しかし、今日は何とか定時で帰れそうだと安堵した。そんな矢先、同僚が奇声を発して私のところへすっ飛んできた。何事かと思うと同時に、ああ、またか。とも思う。この馬鹿はいつまで経っても利口にはならないらしい。今日もまた、定時ぎりぎりになって私に仕事を寄越してきやがった。毎日の様に合コンに行って、くだらない男漁りなどしている場合ではない。こいつは薬局で自身の馬鹿を治すための薬を漁るべきだと思う。私はぐったりとしながらため息をつき、日中の激務のせいで口論するライフはすでに皆無なので、ハイハイと適当に返事をして仕事を受け取る。すたこらさっさと同僚が返ってゆく背中をしばし眺めた後、私は再び深く息を吐いた。この先、私が定時に帰ることのできる日などあるのだろうか。否、無い。あるわけない。定時で帰ることのできる私の未来なんて、正直現段階では夢のまた夢だと思ってしまう。見込み残業代範囲内ギリギリのラインまでこんなにこき使われるなんて本当にあり得ないし聞いていない。明日あたりにこの会社ごと吹き飛んでしまえ。などと内心で毒づく。そうして、私が心の中で悪態をつきながら仕事をこなす中、社内から一人また一人と人が減っていく。残るは上司と私だけ。その上司ももう帰る、というタイミングだった。珍しく何の嫌味も言ってこないな、このクソ上司。と思っている私の横を通り過ぎた当の本人は、どさくさに紛れて私の机上に新たな仕事を無言で積み上げて行った。あまりの手際の良さに唖然としてしまった私が、はっと我に返ったときには、上司はもう見る影もなかった。

 ……私は今日、何時に帰ることが出来るのだろうか。はあ、と本日何度目かもわからないため息をついて、私はまた、パソコンに向かった。


1話はかなり重めの内容となっておりますが、2話目からはとっても幸せな内容になっているはずなので、是非ともお手に取ってご覧ください♪

@幸福飯テロリズム

ぴょんのかつどうみていって?

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