辛いの辛いの飛んでいけ!

「……辛ぇ、なぁこれ辛ぇよ。てか、痛ぇ。目とかにもくんだけど」

そう言って涙目でギブアップを告げようとするこの男は、私の幼馴染だ。私がとある激辛鍋専門店に行くと言ったらのこのことついてきた。辛いのが得意なわけでもないくせに……。そしてこの様だ。なんと情けない。

「五月蝿い。じゃあなんでついてきたん。別に来んでもよかったやん。しかもそれ一番辛くないやつやん」

ため息をつきつつ水を注いで奴に渡してやる。

「……わりぃ」

しょぼんとした彼の頭には何故かぺしょ、とたれた耳が見える。

「もういいから。辛いの我慢できないならお出汁かお酢入れなよ。マシになるから」

そう言うと私は自身の鍋と向き合う。私の頼んだお鍋は、地獄鍋と言うこの店一番の辛さを誇る代物だ。唐辛子やハバネロなどのお馴染みの辛味の化身たちがふんだんに使われ、真っ赤でグラグラと煮えたぎるそれはまさに地獄絵図。地獄の窯も真っ青だ。先程、彼も痛いと言っていたが、この鍋は確かに目にくる。さらには熱さと辛さでダブルパンチ。身体はもうポカポカを超えてシンプルに暑い。見ただけで、暑い。

ズズ、とスープを啜る。

「……っっ!」

ぐ、と喉が悲鳴をあげる。私のその反応を見つつ彼が言う。

「ほら、痛ぇだろ? 痛ぇんだって! 辛いを超えてんだよこの鍋!」

わかったか、と言うように得意げに、なんとなく嬉しそうに話すのでなんとなくムカついた。

「痛くない。痛くないし五月蝿い。じゃあお前帰れ。大体、お前が頼んだのは四天王の中でも最弱。なんなら四天王ですらないから。わかってんのか。一緒にすんな」

腹が立ったので奴に向かって捲し立てる。

「ぐう……」

はい、ぐうの音頂きましたー! というわけでしょげている相手を完全に無視して鍋を食べ進める。

鍋の具は至ってシンプル。ラインナップ自体は普通の鍋だ。お肉に白菜、お豆腐と白滝。ねぎにつみれ。問題はお豆腐と白滝とつみれは唐辛子パウダーなどがふんだんに練り込まれており、非常に辛いということ。辛味を和らげようとしてネギや白菜を食べても、激辛スープを飽和状態まで吸い込んでいるからか全く本来の役割である辛さの緩和をしてくれない。ただ、お肉は美味しい。とても美味しい。因みに、この後の締めの麺はどうやら辛味の化身が練り込まれているらしい。これは絶対辛い。でも、平らげてみせる。負けるもんか。そう意気込み、私は一口、また一口と箸を進め、後もう少しで半分を食べ終わろうとした時。店員さんが真っ赤に染まった追加の具を持ってきた。予想外な展開に、私は目を白黒させる。ふと横に目をやると、既にギブアップして机に突っ伏して死んでいる馬鹿がいた。はぁ、と大きめのため息をつき私は再び箸と蓮華を取るーー。

 この後起こる、更なる私と鍋との壮絶な攻防戦の一部始終は、また別の機会に。



「3日で書け! 第33回文学フリマ東京開催記念企画」(脊椎企画/渡辺八畳)に寄稿させていただきました!楽しかった!

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