―1口目 「愛妻弁当」―
「……こっこっこっこ、コケー! 焼き鳥サイコー! 砂肝、塩でいっちゃってー!」
バンッ! 相変わらずひどい起こし方をする目覚まし時計をひっぱたき、その騒音をものともせず爆睡する恋人、雨水雫優樹希(うすいだゆずき)を横目に、のろのろと起床した久珠井星莉(くずいせり)は朝の身支度もそこそこに、キッチンへと向かう。キッチンにて、一番初めにすることはお湯を沸かすこと。お湯を沸かしながら、冷蔵庫を開ける。昨晩の残りのおかずを引っ張り出し、他に何があるかと物色する。前日に仕込んでおいた味付け卵にプチトマト、ちくわ、チーズ、青のり、ウィンナーなども取り出して、調理台に並べる。そうしているうちに、ぴろりろぴろりろりーと、ご飯の炊ける音がする。白ご飯が苦手な優樹希仕様で、今日は五目炊き込み御飯だ。椎茸、人参、油揚げ、鶏ももを入れて醤油とお出汁、みりん、酒などで味付けしてある。五分蒸らした後、ご飯と具をよく混ぜ合わせ、まげわっぱの弁当箱に盛る。先ほど沸かしたお湯で茹でたきぬさやを刻み彩で添えて主食は完成。一品目のおかずは味付け卵にする。切り込みはギザギザに入れて、お花のようなカットにして詰める。二品目に使うのはちくわと青のりだ。片栗粉にお水を適量、お塩少々、青のり適宜(つまり全て適当かつ星莉の感覚)を入れたら、菜箸でぐるぐる混ぜる。混ざったら三等分にしたちくわをくぐらせてサラダ油とオリーブオイルを混ぜた『星莉特製ミックスオイル』でカラッと揚げる。油を切っているうちに三品目をどうしようかと悩む。そしてまじまじと詰めかけのそれを見て思う。
「……。なんか今日も茶色い……。彩りを添えたいところだな」
ブツブツと心の声を呟きつつ、また冷蔵庫を漁る。ごそごそ、ごそごそ……。ガサッ[V:8252] どうやら見つけてしまったようだ。この茶色弁当を救ってくれるような彩りおかずを。
「プーチートーマート―!」
テッテテテッテーテッテテテッテッテー。と、某狸型ロボットがアイテムを取り出すときのような効果音を感じさせるようなテンションで取り出されたのは、プチトマト。……。そうですとも、このまま入れますとも。プチトマトもおかずです。ということで、三品目はプチトマト。これは後から隙間に入れることにした。そして冷凍庫にて見つけたブロッコリー。こいつを焦がし醤油で軽く炒めて四品目の完成。もちろん、緑が茶色くならないようにちゃんと配慮しています。彩り大事。そして詰め終えたところで、肉がほとんど入っていないことに気が付く。最後の一品はアスパラベーコンにした。これで完成、本日のお弁当。頑張った。いそいそとお弁当袋に入れてテーブルの上に置く。昨日の夕飯の残りは温めなおし、お弁当のおかずの余りと一緒に朝食へとまわされる。きぬさやの残りとわかめと豆腐でお味噌汁を作り、優樹希が起きてくるまでの間にちゃんとした支度をする。着替えてメイクをして、仕事の資料などを綺麗にまとめてバッグに詰める。二個作っておいたお弁当のうち、ピンク色の巾着袋の方を自分のバッグへ入れる。ケトルでお湯を沸かし、水筒用に緑茶を作って二人分注ぐ。ごそごそ、と寝室から優樹希の起きる音が聞こえてくる。二人分のご飯とお味噌汁をよそって、テーブルに並べる。おかずの乗ったお皿たちも並べ、優樹季を待つ。
「……。おはよ」
まだ眠そうに瞳をこすりつつ、優樹希がキッチンに顔を出す。
「おはよう。ご飯出来てるから顔洗って来て」
まるでお母さんのような返しをしつつ、優樹希がリビングに来るのを待つ。こんなやり取りが、割といつもの光景だったりするのだ。優樹希がもそもそとテーブルへ着いたため、朝ごはんにする。
「いただきます」
二人で手を合わせ、食べ始める。ズズッとお味噌汁をすする音がしんと静まり返ったリビングルームに響く。レースカーテンからやさしく漏れてくる日光が、今日の始まりを感じさせた。温かいお味噌汁が体を駆け巡り、ご飯やおかずでお腹が満たされる。食べ終わる頃には優樹希の目もぱっちりと冴えていた。
「御馳走様でした。弁当もありがとう。お皿洗っとく」
完全に覚醒した優樹希がそう言って、お皿をまとめシンクへと持っていく。優樹希よりも早い出勤の星莉はご飯担当で、星莉より後に出発する優樹希が片付け担当。朝はそんな風に役割分担しているのだった。
「ありがとう。私は今日早く帰って来れそうだけど、そっちは?」
「こっちも今日はそんなに仕事つまってないから、早く帰れると思う」
お互いの帰宅時間をいつものように確認し合う。予定が変わったら連絡。それも二人の間の取り決めだった。
「了解。じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
こうして星莉の一日が始まるのだった。いってらっしゃい、いってきます。のやり取りがお互いの心の支えになっている。朝、二人が一緒にご飯を食べること、それは星莉も優樹希も特に話し合って決めたことではないけれど。だけどこの習慣が、今では、なくてはならない時間になっていた。お腹も、心も満たされる。そんな幸せな朝が、星莉は大好きだ。仕事に行くのはたまに辛いけど、朝起きて自分を見送ってくれる優樹希の存在が、星莉の心を奮い立たせてくれるのだった。だから、感謝の気持ちを込めて、今日も明日もお弁当を作るのだ。愛する彼のために。
この話は、久珠井 星莉(25歳)が、同居人の彼、雨水雫 優樹希(24歳)のために愛妻弁当を作ろうと奮闘する、『ランチフルストーリー』である。
0コメント